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白内障手術 2

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おかげさまで、手術上手くいった様です。
最初の右眼手術から約1ヶ月経ち、先生の意見伺ったところ、左右とも視力安定している、
そろそろ本番の眼鏡用検眼を、と言う話になり、眼科で処方箋作って頂きました。

Jinsは2度のレンズ交換6ヶ月以内なら保証ですから、早速、決定の処方箋で2度目のレンズ入れ直しを
お願いして来ました。
決まった矯正度に加え、これまでとちょっと違うのは、乱視矯正入り。

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これは、2度目のオペ(左眼)から3日目にJinsで、取りあえずのメガネとして作った時の検眼データ。
見え方に於いても感じていましたが、オペ直後の左がよく見えていたので、矯正度が弱くなっている。

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それが、数日後その左が徐々に見えなくなって来たので、保証期間中につき、
左だけレンズ交換してもらった時のデータ。

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余談ですが・・・

或る写真集を眺めていたら、昔の東京・秋葉原1963年に、フタバ産業の前身、双葉電子万世営業所
の看板発見!
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拡大ですが、看板見えますか?
万世橋ビルへ入り、1F奥へクネクネと入った所にゴチャっと在りました。

80年代になり、初心者の私は、何度か買い物で行くようになります。
初めて行った時、年輩のオジサンがFutabaプロポの8JNを買っている姿、どういう訳かよく憶えている、店員がしきりにAMとFMの違い・メリットを説明していた・・・
羨ましかったんでしょうね〜そういう私も今はオジサンだ !・・・そうそう、青年(私)はその頃、サンワのスタックMk2だった。

更に余談ですが・・・
オルトフォン(レコードプレーヤー・カートリッジのメーカー)代理店(取り扱い店)らしき看板が後ろに見える。
70’s、オーディオに凝りアキバ通いでした。
楽器ライン録音用としてインピーダンス変換トランスなど、自作パーツ買いに、このあたり良く来ていました。
今はPC周辺機器、当時はプロポキットや電子パーツ販売(三共へも供給)のロジテック(東京電子科学機材)で、テレビゲーム機キット買ったこと
ありましたね~、ファミコン登場以前の話。

既に「各種ラジコン模型」と看板に描いてありますが、最初は、双葉の真空管直売所だったそうです。

by doublerainbow116 | 2017-07-04 19:38 | 社会 | Comments(2)

モデルエアプレーン オールディーズ 3


パート1

パート2
このところ年末の多忙~帯状疱疹(病院が休みに入った年末の押し迫ったタイミングで顔に出来、救急へ)~痔~風邪~逆流性食道炎再発・・・
情けない体調(歳?)で飛ばしに行くこともままならず、ブログ更新も出来ず、
リンケージ進まず(飛行場へ行く毎、今日初飛行?って聞かれてました)、暫くラジコンストップ状態でした。

オールディーズ映像2タイトル、ご紹介します。
はじめに、2005年にアップされた、ドイツのグラウプナー、75周年(1930~2005)記念映像。
子供向け切り絵板材キットから始まり、37年頃からフリーフライトグライダーキット、帆船、ボートへと。
日本のOSと提携したエンジン発売~自社開発のラジオ(あの有名なベラフォン)~JRがOEM製造したプロポシリーズMC-24等のグラウプナー/JR
ブランド。

興味深い歴史です。
現在は85年以上の歴史、ということになります。
昔の京商のコピーロゴじゃないですが、「造る歓び、模型の~」ですね。


ラジオコントロール模型航空機のパイオニア、グッド兄弟
映像貼りつけ出来なかったので、リンク先を貼ります。
アメリカのラジコン飛行機の開拓者、双子のグッド兄弟は1937年に自設計・自作機(Guff)、自作ラジコン装置にて飛行を成功させました。
彼等存命中のグライダーフライト映像から始まり、振り返って自作エスケープメント・自作ラジオ(送信機は地上置き)、そして貴重な当時のフライト映像へと続きます。

ゼロから造るパイオニアは凄かった。
それ以前に、先駆者・指導者・指導書や市販品は無いんですから。
by doublerainbow116 | 2017-02-22 14:01 | ラジコン飛行機 | Comments(3)

零戦 脅威の構造と性能

興味深い映像に出会ったので、御紹介します。

ラジコンでも共通の課題・・・翼面荷重、ペラのピッチ、ミクスチャー、いろいろ出てきます。
タイトル通りの内容、詳細にかたられていますが、尻切れが残念。










by doublerainbow116 | 2016-05-02 12:01 | 飛行機 | Comments(0)

モデルエアプレーン オールディーズ 2


1950s~1960sとなっていますが、地上据え置き型送信機がみられる事から、50年代のようです。

カラー、サイレント、8mmホームムービー。
重いバッテリーを含む真空管メカ重量のため、エンジンパワーがぎりぎりの機体も!

投稿者の父は、ピンク地にブラックライン機、シルクコート、ドープフィニッシュ、
リード式の方だそうです。

この時期既に、結構なアクロやっています・・・ラダー機も。
場所はアメリカ。




現代の映像です。シングルチャンネル、ボタン打ちフライト。

ディーゼルエンジン、エスケープメント、ラダーオンリー・・・
見事なフライトですが、もしこの様な広いフィールドが有れば、シングルというのも、
難しい分、趣ですね。
by doublerainbow116 | 2012-07-09 12:39 | ラジコン飛行機 | Comments(0)

三菱MC-20

興味深い映像を見付けたので、ご紹介します。
昭和15年頃撮影された記録映画で、三菱MC-20・・・戦前・戦中、
日本の代表的輸送機・旅客機として活躍・・・開発から運用まで。
軍用としては100式輸送機(連合国コードネーム・Topsy)と呼称。

映像1.開発状況
   2.機体工場
   3.発動機工場
   4.運用












MRJ(三菱リージョナルジェット)の運用を3年後に控えた、三菱製輸送機の歴史を垣間見る事が出来、
そして、エンジン製造工程、主翼断面翼形、組み立て工程・・・、
興味を掻き立てられます。
by doublerainbow116 | 2012-06-08 22:10 | 飛行機 | Comments(2)

私の教科書

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私にとってバイブルの様な本をご紹介します。

PISTON AERO ENGINES
レシプロ航空機エンジンをライト兄弟の時代から現代まで写真・構造図で解説。
燃料熱量計算他、判らない化学・物理の計算式も出てきますが、構造図・パーツ分解図
を眺め機能を想像するだけで楽しくなります。

例えばフォト1。
58年間、水上機スピード記録をホールドしていた、シュナイダーカップでお馴染み、
Macchi(マッキ) MC 72 のエンジン、Fiat AS6。
V-12を2連ジョイント、各エンジン同軸シャフトからプロペラを二重反転させます。
スーパーチャージャー付き2850Hp、1931年初飛行・・・700Km/h越えしたそうです!
流石イタリア。
一説にはこのエンジン、ムッソリーニが国威高揚への政治目的で後押ししていた、とか。

ジェットに変わった現代、この様なレシプロモンスターエンジンは現れません。
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陸海軍戦闘機写真集。
フォト3・・・隼Ⅲ型甲。アメリカでレストアされた唯一飛行できる隼。

戦争反対思想でありながら、戦闘機大好き・・・矛盾?
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ラジコン技術 増刊'69
60年代半ば、私未だ子供・・・親に反対され到底ラジコンを始める事は無理でしたが、たまにこっそりと
ラジ技だけは買いました。(それが30過ぎて叶います・・)

マルチ・ラジコン機のすべて・・・特に巻末特集、「マルチ曲技機の設計」読み応えあります。
RCにおける航空力学をアメリカのRCフライヤーでもあり、物理学者・心理学者・ベンハーマン、
ジャックケープハート両氏による著述。
理論となると、大抵堅い退屈なものになってしまいますが、これは、実際の友人でありフライヤー達・・・
ダグスプレング、フィルクラフトがこう設計修正し失敗した・・・フィルのクイックフライには
こういう欠点が有る(クイックフライ・ダンス・・・尻振り挙動がある条件で出る)などなど、
実践的で大変面白い理論書になっています。

想い出すと読み返します。
機体設計するわけでもなく、楽しみとして。
尚、表紙はMKブルエンの基になったと言われる、セミスケールスタント機。
by doublerainbow116 | 2011-12-20 20:29 | 飛行機 | Comments(0)

嗚呼 フヂエンヂン

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戦後日本の一時代を築いた、OS,ENYA、と並び、特にローコスト099シリーズを主力に、
国内だけでなく海外へも展開したフジエンジン(タイトルでは、設立時の表記を使用)。

Model Engineering and Model IC Engine Project ・ 2011 Oct
アメリカのエンジンマニアによる上記HP,Engin of The Month:The Fuji Story特集記事より、
フジエンジン発足にまつわる戦後の企業変遷、それを取り巻く日本の社会情勢が詳しく研究考察されているので、
その一部を、要約図解とフォトでご紹介します。

上にリンクを貼ったので、一覧をお薦めします。

               石川島造船所(後のIHI)
                ↓      \
 中島飛行機      立川飛行機   
   ↓   \      /   \
富士重工  富士産業     
        富士精密
       /     \
たま自動車       一部の従業員が関与し、富士特殊機器、設立(1949~54)
   ↓                          フジエンジン製造開始
プリンス自動車                          ↓
(後、日産に吸収される)                富士物産(1954~)
                                    ↓
                               アルミニウム合金ダイカスト鋳造会社の
                               丹南産業が製造(1957~)

設立当初は、銀座にほど近い、京橋という地に於いて製造されていたが、丹南産業製からは
富士山麓の地で造られた・・・と述べています。
何故こんなことまでアメリカのマニアが知っているんでしょうね?

戦後、有名な皇居前広場における進駐軍Uコンフライト大盛況による需要拡大が刺激となり、
戦前からのOSに加え、ENYA,フジ、Mamiya、Hope、KO・・・続々と製造開始。
その中で、フジエンジンの古典的099シリーズ(赤いタンク)は、特にアメリカで受け入れられたが、
70’s半ばからのパワー競争に、ABC&インナーバイパスシニューレで対抗するも
特質を生かせず・・・
と解説されます。

模型エンジン・・・この小さなインダストリーであっても、背後にある時代の制約、飛行機・内燃機関への愛着・・・
それ故、嗚呼と感嘆詞の付くタイトリングに!
進駐軍による航空機産業凍結、解体により、エンジニア達は自動車産業へ、鍋・やかん製造へ、そして
模型エンジン製造へと散りました。
戦後設立時のSONY(東通工)、苦労の結晶・テープレコーダが売れず、「銀座ネッスル商会」という
フェイクネームで電気あんかを売っていた(ネッスル=熱する)ストーリーと、同じ類のドラマを感じます。

フォト1は幻のスパークイグニション式フジエンジン
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by doublerainbow116 | 2011-11-03 16:48 | ラジコン飛行機 | Comments(2)

ショーンのカリフォルニア便り ③

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音田選手F3A世界選手権2位、日本チーム団体2位、のニュースが聞こえてくる中、ショーンからこれも
F3A関連、懐かしのフォトが届きました。

彼の生まれた国はヨーロッパのルクセンブルク、今はアメリカに国籍を移していますが、
ルクセンブルク時代の1973年、国代表選手としてイタリアへ出向き戦った時のショット。
先日両親の実家へ戻った際、この新聞スクラップを発見したそうです。

大会優勝、世界チャンピオン、吉岡 嗣貴選手。
ブルーエンジェルを手に、当時ルクセンブルクの新聞に載ったもの。

下は3人のルクセンブルク代表選手団とチームマネージャー。
右から2人目、Jean Mershと紹介されています。(アメリカ人になる時、
ジーンからショーンへファーストネームを変えたとか・・・)
by doublerainbow116 | 2011-08-04 17:05 | F3A | Comments(2)

コンベア B-36 、10発エンジン機

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変わり種大型機として、一つ取り上げるなら迷わずこれですね。
レシプロからジェットへ過渡期の象徴といえる、エンジン構成です。
戦略爆撃機、初飛行1946年,USA
6発レシプロエンジン、プッシャー式プロペラに追加し、当時開発されたばかりのジェットエンジン2基組みを左右ウイング配置。計10発エンジン!!

原子炉を積み、原潜ならぬ原子力プレーンとし、飛び続ける空の司令部として核戦争に備える構想もあったそうです。

ジェームス・スチュアート主演映画、B-36登場シーンをご覧ください。

by doublerainbow116 | 2011-04-16 15:05 | 飛行機 | Comments(2)

Radio Cotrol Hall of Fame (R/C栄誉の殿堂)

Radio Cotrol Hall of Fame

今回は米オハイオ州にある、R/C無線機博物館をご紹介します。
クリックでHPへリンクします。
殿堂入りと謳うだけあって、無線機器開拓の歴史、先人の苦労と試行錯誤を感じ取ることが出来ます。

序文としてThe Three Dream of Radio Cotrol、の文を掲げています。
ーーー無線コントロールヒストリーを楽しむには、エレクトロニクスの専門家になる必要はありません。
この3つのDreamはモデルエアプレーンの観点からR/C革命を味わう事が出来ます。
1、Dream One--Any Control
シングル無線機~ゴムバンドエスケイプメント~サーボコントロール。
2、Dream Two--Multi
エアロバティクスが可能に、複数のチャンネルをリードシステムで。
3、Dream Three--Proportional
アナログ~デジタル高度化。

アメリカ製に限られドイツ製日本製が無いのは残念ですが、R/C無線機先進国アメリカでの開拓が礎となっての現在のFutaba,JR隆盛は、紛れもない事実だと思います。

ところで、プロポシステムって特許or実用新案が無いのは不思議な気はしませんか?
実用化したのは、Space Control,Sampey,Quadruplex、・・・(1960前後)諸説ありますが、特許を取得していたら状況が全く変わっていたでしょうね!

HPにあるVideo Galleryクリックで以下の動画を見ることが出来ます。
1962 International competition
1963 International competition カラー ・・・他

マルチ無線機と現れ始めたプロポの混在が興味をそそります。
by doublerainbow116 | 2011-02-24 11:32 | ラジコン飛行機 | Comments(0)