嗚呼 フヂエンヂン

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戦後日本の一時代を築いた、OS,ENYA、と並び、特にローコスト099シリーズを主力に、
国内だけでなく海外へも展開したフジエンジン(タイトルでは、設立時の表記を使用)。

Model Engineering and Model IC Engine Project ・ 2011 Oct
アメリカのエンジンマニアによる上記HP,Engin of The Month:The Fuji Story特集記事より、
フジエンジン発足にまつわる戦後の企業変遷、それを取り巻く日本の社会情勢が詳しく研究考察されているので、
その一部を、要約図解とフォトでご紹介します。

上にリンクを貼ったので、一覧をお薦めします。

               石川島造船所(後のIHI)
                ↓      \
 中島飛行機      立川飛行機   
   ↓   \      /   \
富士重工  富士産業     
        富士精密
       /     \
たま自動車       一部の従業員が関与し、富士特殊機器、設立(1949~54)
   ↓                          フジエンジン製造開始
プリンス自動車                          ↓
(後、日産に吸収される)                富士物産(1954~)
                                    ↓
                               アルミニウム合金ダイカスト鋳造会社の
                               丹南産業が製造(1957~)

設立当初は、銀座にほど近い、京橋という地に於いて製造されていたが、丹南産業製からは
富士山麓の地で造られた・・・と述べています。
何故こんなことまでアメリカのマニアが知っているんでしょうね?

戦後、有名な皇居前広場における進駐軍Uコンフライト大盛況による需要拡大が刺激となり、
戦前からのOSに加え、ENYA,フジ、Mamiya、Hope、KO・・・続々と製造開始。
その中で、フジエンジンの古典的099シリーズ(赤いタンク)は、特にアメリカで受け入れられたが、
70’s半ばからのパワー競争に、ABC&インナーバイパスシニューレで対抗するも
特質を生かせず・・・
と解説されます。

模型エンジン・・・この小さなインダストリーであっても、背後にある時代の制約、飛行機・内燃機関への愛着・・・
それ故、嗚呼と感嘆詞の付くタイトリングに!
進駐軍による航空機産業凍結、解体により、エンジニア達は自動車産業へ、鍋・やかん製造へ、そして
模型エンジン製造へと散りました。
戦後設立時のSONY(東通工)、苦労の結晶・テープレコーダが売れず、「銀座ネッスル商会」という
フェイクネームで電気あんかを売っていた(ネッスル=熱する)ストーリーと、同じ類のドラマを感じます。

フォト1は幻のスパークイグニション式フジエンジン
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by doublerainbow116 | 2011-11-03 16:48 | ラジコン飛行機 | Comments(2)
Commented by kinoshita at 2012-02-01 15:43 x
フジエンジンはアンティークなデザインが良いですね!
フジエンジン発足の歴史、勉強になりました。
Commented by doublerainbow116 at 2012-02-02 01:49
Kinoshitaさんコメント有難うございます。
ともかく、一番安いエンジンはフジでした。小学生の頃買ってもらった初めてのエンジン、Uコン用099がジャスト1000円でした。
自宅部屋でブレークイン台に付け、プラグヒートして回していたら掛かってしまい、慌てるやら親に叱られるやら・・・。

戦後日本の産業界の離合集散、低価格製品での輸出産業台頭(これは現在のアジア製品の状況と似ています)・・・フジエンジンはその時代を物語っていますね。
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